ディオールと銭湯とデザイン事務所が共存する、新感覚の商業施設
遂にその全貌が明らかになった「ハラカド」。その開業に伴い、交差点を挟んだ対角線上に位置する「東急プラザ表参道原宿」が東急プラザ表参道「オモカド」に改称されたことは記憶に新しいが、双子のような両施設がシームレスに連動することで、原宿の景色や楽しみ方が大きく変わっていきそうだ。
メディア向け内覧会に合わせて実施された記者発表会では、東急不動産の黒川泰宏氏がキャットストリートなどの路地を「才能を発掘し、伸ばす場所」、明治通りと表参道が交差する神宮前交差点を「才能を開花し、発信する場所」と位置づけ。60年代〜70年代にかけて数々のデザイナー、アーティスト、コピーライターらが出入りし、若者文化を育んだ「原宿セントラルアパート」の歴史に敬意を表して、次のように語った。
「SNSが発達した現代は、いわば一億総クリエイター時代。自らの明日を発信するすべての人を広義のクリエイターと捉え、原宿・神宮前エリア一帯を“クリエイティブの聖地”にしていきたいと考えています」。

いち利用者としても「ハラカド」の取り組みは刺激的だ。地下1階から屋上テラスの計9フロアに、「感度の高いヒト・モノ・コト」や「体験」をキーワードにした75店舗が集まるが、ディオールと銭湯とデザイン事務所が一堂に会する商業施設は世界広しといえども「ハラカド」だけだろう。同記者発表会では、水曜日のカンパネラが「ハラカド」開業を記念して制作した楽曲「四天王」もお披露目された。
また、黒川氏は「ハラカド」の特徴を「クリエイターを育成・支援・共創するプラットフォームの強化」「新しい3つの体験型メディアの実装」「継続的に発展していく新しい運営方式の導入」と説明。新しい体験価値を享受できる商業施設ではなく、「創造施設」を目指すという。
暮らすこと、働くこと、そして遊ぶことは、今後ますます境界線が曖昧になっていく――。ここからは、以前PLLSにも登場いただいたプレイヤーたちの発言と共に、編集部的「ハラカド」の楽しみ方を提案したい。
ひとっ風呂から晩酌まで、「ハラカド」で原宿ナイトライフを満喫
やはり、「ハラカド」を語る上で欠かせないのが地下1階の銭湯を中心とした街、「チカイチ」だ。昭和8年に創業し、国登録有形文化財にも指定された高円寺の老舗銭湯「小杉湯」が、2店舗目となる「小杉湯原宿」の開業と共にプロデュースするこのフロアは、「素のまま、そのまま」がコンセプト。小杉湯名物のミルク風呂をはじめ、チカイチパートナーとして参画した花王、アンダーアーマー、サッポロビール、MYTREX(美容家電)といった企業の本質が感じられる空間となっており、入浴する人もしない人も、極上のリラックスタイムが味わえる。

7月31日(水)までは、時間帯によって神宮前1丁目〜6丁目エリアに居住/勤務する人の地域限定利用と、一般開放に分けられるとのこと。今後の混雑状況によって段階的に解放されていくそうなので、訪れる際は必ず小杉湯原宿の公式サイトをチェックしてほしい。将来的には、出勤前/退勤後に近隣のスポーツジムから「チカイチ」に直行して、汗を流す…なんてコースも定番化しそうだ。

小杉湯代表の平松佑介氏は、以前PLLSのインタビューで「僕たちが営む街の銭湯の魅力は、お風呂に入る前後で街を体験できること。番台や休憩室で会話したり、周りの場所を訪れたりして、その街を感じることも銭湯の体験に含まれているんです。高円寺の小杉湯で味わえる、地域の商店街や飲み屋で楽しむような体験を、原宿の街でも感じてもらいたい」と述べていた。
その言葉を裏付けるように、湯上がりの食事処や、晩酌も「ハラカド」で完結できる。全22店舗が軒を連ねる飲食フロア「HARAJUKU KITCHEN&TERRACE」において、小杉湯の後にオススメしたいのは5階。裏路地のような雰囲気の「居酒屋スタンドジャンプ」で乾杯するも良し、原宿の人々の胃袋を支えてきた町中華「紫金飯店」で餃子を食らうも良し。あるいは、「一風堂」で〆のラーメンをいただく背徳感も捨てがたい。

同じく5階では、今年2月まで下北沢で営業していた隈研吾氏デザインの焼き鳥店「トーキングゴリラ」が復活。タイミングが良ければDJプレイを楽しみながらの飲食が可能だ。これからの季節は、屋上テラスでドリンク片手に風に当たるのも至福の時間だろう。「ハラカド」をきっかけに、原宿のナイトライフは大きく変化していくに違いない。

原宿のど真ん中でクリエイティブマインドを解放
「クリエイターを育成・支援・共創するプラットフォームの強化」という観点で、もっとも重要な拠点となるのが3階フロア。コクヨのファクトリー+プリンティングレーベル「COPY CORNER」をはじめ、ポッドキャストスタジオ&アートギャラリーを併設した「J-WAVE ARRTSIDE CAST」、最先端のXR・AI技術を駆使したサービスを体験できる「1→10 Experience Showroom」、博報堂ケトルが手がけるショート動画の撮影編集や配信を行えるソーシャルクリエイティブ専門のスタジオ「STEAM STUDIO」などがラインナップする同フロアは、ふらっと立ち寄るだけでも創作意欲が沸いてくる。
その中でも目玉なのが、クリエイティブ・ディレクターの大木秀晃氏(株式会社OOAA)と、プロデューサーの城本久嗣氏(株式会社ii)が手がけた会員制のクリエイティブラウンジ「BABY THE COFFEE BREW CLUB」(以下、BCBC)だ。



「おいしい珈琲と人が集まる場所に、新しいアイデアが生まれる」がコンセプトのBCBCには、開放的なラウンジや大型アンティークスピーカーを備えたミニシアター、ポップアップスペース、ギャラリーなどが集結。同フロアの関連テナントで、夜から角打ちができるフォトスタジオ「STUDIO SUPER CHEESE」にも注目したい。
「ハラカド」全体のクリエイティブも兼任するOOAAの大木氏は『J-WAVE TOKYO MORNING RADIO』に出演した際、「余白というか、良くも悪くも“ツッコミどころ”がある施設ですね。それと、会いに行けるクリエイターが常にいる場所なので、商業施設というものを超えて人が集まれる。クリエイティブマインドを持っている人であれば誰でも歓迎です」と語っていた。仕事や学校の課題に行き詰まったときに立ち寄れば、思いがけない出会いがあるかもしれない。


さらに3階には、アートディレクターの千原徹也氏が代表を務める「株式会社れもんらいふ」が入居する。千原氏は「ハラカド」のロゴデザインや館内マップも手がけているが、なんと今回の開業をきっかけに事務所を移転。日本ではじめて商業施設の中に入ったデザイン会社として、「原宿で、一緒になんかやろう。」を合言葉に掲げている。

昨年、PLLSのプロジェクト始動に際して千原氏は、「かつて渋谷周辺にも、原宿セントラルアパートのようなクリエイターの拠点・溜まり場となるような象徴的な場所があった。(中略)ロジカルな合理性に当てはめるだけではなく、偶発的な物事や状況が絶えず繰り返される、クリエイティブな拠点をつくっていきたいです」とコメント。取材当日も「ハラカド」の事務所で作業する千原氏の姿が目に留まったが、大胆に壁を取り払った空間が新鮮だ。
また、5月27日にはこれまでにない専門学校「Re: DESIGN SCHOOL」が開校するほか、7月からは誰でもれもんらいふにデザインを依頼できる受付カウンターが設置される。

水曜日のカンパネラと小杉湯が関わっていることから、「ハラカド」では千原氏が監督した映画『アイスクリームフィーバー』(2023年)の世界観が疑似体験できる点も面白い。「チカイチ」と「クリエイターズ・プラットフォーム」を満喫した後は、地上階の「カヌレとアイス」や、イタリア王室御用達のジェラートブランド「ジョリッティ」で舌鼓を打つのがおすすめだ。
アート、サステナブル、雑誌の立ち読み…全館がインプットの宝庫
再開発はその街の「記憶」とセットで語られることが多いが、アートやサステナブルの観点から見る「ハラカド」も興味深い。凹凸のあるガラスファサードが象徴的な外装と屋上のデザインは平田晃久建築設計事務所が設計しており、「KNIT DESIGN(まちを編む)」をコンセプトに、共存しながら未来につなげる街づくりをイメージ。対角に位置する「オモカド」(こちらは中村拓志&NAP建築設計事務所)と並んで、建築家同士の作品が呼応するかのようだ。屋上テラスからの抜け感・開放感も素晴らしく、オモカドビジョンでは水曜日のカンパネラの詩羽さんが主演を務める「ハラカド」のショートフィルムも投影される。

続いて6階の壁面では、岡本太郎氏の絵画「夢」を展示。これは、1961年に岡本氏が、長年交流のあった老舗洋菓子ブランド「コロンバン」の創業家のために制作・寄贈したもの。コロンバン店内での展示を経て、渋谷区神宮前の旧原宿本社で保管されていたものが、旧蔵の原山優子氏から渋谷区に寄贈され、「ハラカド」開業に合わせて6階で展示することになったという。かつてコロンバンの原宿本店サロン(2023年4月、原宿明治通り沿いに新店舗をオープン)がこの場所にあった背景を鑑みれば、「ハラカド」でいつでも「夢」が鑑賞できることは感慨深い。

4階フロアには、原宿のど真ん中に誕生したサステナブルを体感できるスペース「ハラッパ」がオープン。「自然・チルアウト」×「原宿で体験」をテーマとしたアート&インスタレーションは壮観だ。さらに、空間を彩る植栽は再び土に還る左官材で構成し、プランターにはすべてサステナブルな建材を使用。間伐材や古着を再利用したベンチも設置されており、SDGsをさりげなく実践する場となっていることも特徴だろう。

アートを統括する遠山正道氏(The Chain Museum 代表)をはじめ、各方面で活躍するクリエイターが揃う中、緑と空間演出は「SOLSO」の齊藤太一氏が手がけた。今後はフォレストゲート代官山の「TENOHA代官山」とも連携を強めていくそうだ。

アート好き、ファッション好きはもちろん、「雑誌」に思い入れのある読者であれば、2階にオープンした雑誌の図書館「COVER(カバー)」も外せない。日本出版販売株式会社の子会社である「株式会社ひらく」がプロデュースする「COVER」には、加盟出版社20社や一般の人たちからの寄贈で集まった約3,000冊を超える雑誌がアーカイブ。「雑誌をもっと身近に、手に取る機会を。」をテーマに、1960年代から現代に発行された幅広い雑誌を実際に読むことができるのがポイントだ。

3階部まで吹き抜けになった空間や、神宮前交差点に面した巨大なガラス窓越しに街を眺められるロケーションも素晴らしい。40〜50年前の『anan』を立ち読みしながら、眼下を行き交う人々のリアルなファッションと流行をチェック…なんて楽しみ方ができるのも「COVER」の魅力で、役目を終えた過去の雑誌に再びスポットライトを当てることも、一種のサステナブル。服飾や美容の専門学校に通う学生たちにとっては、国立国会図書館よりも気軽にバックナンバーに触れられる貴重なインプットの場所=溜まり場でもある。雑誌のような月替わりの特集企画も予定されているので、訪れるたびに新たな発見があるはずだ。

「ハラカド」「オモカド」の名前には、「かど(角・門・才)」が合わさり、人々の出会いの交差点となり、新しい文化を生んでいく…という想いが込められている。両施設を起点に、また新たな原宿カルチャーが生まれる日が待ち遠しい。