食文化 × イノベーション × コミュニティの相乗効果
代官山駅と八幡通りをつなぐフォレストゲート代官山は、住む/働く/遊ぶがシームレスに共存する新たなランドマーク。建築家・隈研吾さんがデザイン設計を手掛けたMAIN棟に2フロアで展開する「日本食品総合研究所(以下、NSK)」は、株式会社イートクリエーターと東急不動産株式会社が共同で設立した、次世代に向けた食文化づくりに挑戦するインキュベーションプラットフォームだ。
さらに、イートクリエイター率いる食の研究・試作プラットフォーム「Social Kitchen」にとっては、広域渋谷圏で初となるプロセスエコノミー拠点としての機能もあわせ持つ。これまで彼らが実践してきた食文化 × イノベーションに、コミュニティの要素をかけ合わせたスポットとしてもNSKの取り組みは興味深い。




センター長の森枝幹さんは、下北沢の名店「Salmon&Trout(サーモン・アンド・トラウト)」でシェフを務めたことをきっかけに、プロデューサーとしても多数の飲食店を成功に導いてきた人物。さらに、フードカルチャー誌『RiCE』の創刊・執筆にも携わるなど、従来の料理人の枠にとらわれない活動を続けている。写真家・食文化研究家として知られる父・森枝卓士さんの影響で、物心がついたときから食には興味があったそうだが、その知識とバイタリティには驚くばかりである。
今回PROJECT LIFE LAND SHIBUYAでは、NSK立ち上げの経緯から、イートクリエイター流のSDGs、そして代官山を起点とした「食」の循環についても語ってもらった。森枝さんたちの取り組みは、消費社会を生き抜く我々にとっても大きなヒントとなりそうだ。
日本にも「フード・インキュベーション」の場を
─森枝さんはシェフ以外にも様々な肩書をお持ちですよね。食に関わることはすべて自分でやらなきゃ気が済まない!という性格なんでしょうか?
森枝幹(以下、森枝):いえいえ、全然そんなことはなくて。今みたいな仕事のスタイルになったのも、下北沢の「Salmon&Trout」というレストランで長年シェフを努めていたのがきっかけです。お店がある程度人気になったタイミングで、プロデュースや協業のオファーとか、「今度雑誌をつくるから一緒にやりませんか?」といった相談事が次々と舞い込むようになったんですね。
そこから副業的に、シェフをやりながら色んな案件に携わらせていただくなかで、後にイートクリエイターの代表となる永砂(智史)と出会いました。レストラン業務だけでは出会えなかったであろう方たちと関われたのは、個人的にも楽しかったですね。

─イートクリエイターでは店舗の運営・プロデュースのみならず、シェフと企業をマッチングさせる「Social Kitchen」の活動を通して、食以外のブランドとのコラボレーションも多数実現しています。フォレストゲート代官山にて始動したNSKは、どんな経緯で立ち上がったプロジェクトなのでしょうか。
森枝:「Social Kitchen」はもともと虎ノ門ヒルズを拠点に活動しているんですが、まだ自分のお店を持っていない若いシェフの挑戦や、食ビジネスのスタートアップ支援を兼ねた「フード・インキュベーション」の場として運営しています。欧米では既に一般的ではあったものの、日本ではまだ数えるほどしか存在しないんですよね。
そんなときに東急不動産さんが僕たちの活動に興味を持ってくれて、「Social Kitchen TORANOMON」にも見学に来ていただきまして。そこからフォレストゲート代官山で何か一緒にやりませんか? という話が持ち上がりました。NSKのコンセプトが生まれたのはそこからですね。
僕たちもまさか、代官山駅から直結のこんなに良い場所で仕事ができるなんて当時は思ってもみませんでした(笑)。

商品開発・調理・販売をワンストップで
─国内外でロールモデルとなった施設はありますか?
森枝:米ワシントンの「Union Kitchen」(Co-Kitchenスペースを提供するフードテック・スタートアップの最大手)でしょうか。キッチンスペースや調理器具をみんながシェアすることで初期投資がかからないし、商品をつくって売りながら開業資金も貯められるし、人脈も広がりますよね。
一言でいえば、食にまつわるスモールビジネスを応援する場所。人と人との距離感が近くて、自分たちがつくりたいものをつくっているあの様子がいいよね、と勝手に憧れを抱いていました。

─ラボラトリー&ファクトリー「研究所」、プレゼンテーションキッチン「調理室」、グローサリー「食品庫」、カフェ&ワインバー「喫茶室/ Mary Jane」の4つのスペースで構成された空間が特徴的です。それぞれの役割と連動について聞かせてください。
森枝:「研究所」はシェフの新しい挑戦やキャリア形成、シェフ同士の交流を促す場所で、NSKにおける企画・メニュー開発や、小ロットの商品製造の起点となっています。ここで生まれたアイディアや料理は、「調理室」のシェフズディナーや試食会、商品発表、展示会などでお披露目される機会もあるでしょう。
それらの最終的なアウトプットとして、お客様と触れ合いながら食事を提供するのが「喫茶室/ Mary Jane」。また、食品保管のパントリーでもある「食品庫」では、我々シェフがセレクトした食材やアイテムのほか、「研究所」から実際に商品化されたオリジナルグッズも販売していく予定です。今後は一般のお客様も招いて、料理のワークショップなども開催していきたいですね。
みんなが当たり前にやっていることが、食の未来につながる
─コンセプトには「食にまつわる企画・開発・製造・提供のサイクルを循環させていくプラットフォーム」とありますが、具体的にどんな活動をされていく予定ですか。
森枝:一見難しいことが書いてありますけど、みんなが当たり前にやっていることが食の未来につながるんだよ、ということを少しでも多くの方に知っていただければと。イートクリエイターでは、LIFULLさんの「地球料理 –Earth Cuisine-」とご一緒して、通常廃棄されてしまうカカオ豆の殻、枝、葉を使用したサスティナブルなチョコレート「ECOLATE」を開発したこともありますので、食にまつわる社会課題の意識は高い方かもしれません。

また、近年は未利用魚(サイズ、見た目、認知度など何らかの理由で利用されていない魚)が問題になっていますが、僕は「Ches for the Blue」(※)っていう海の未来を考えるシェフチームの創設メンバーでもあるんです。そこのメンバーと一緒に、資源が豊富な未利用魚を使ったメニュー開発や研究を進めて、「いい消費」を促していくこともNSKの役割だと考えていて。
※2017年5月、日本の水産資源の現状に危機感を抱いたフードジャーナリストの声がけに応え、東京のトップシェフ約30名が集まりスタートさせた海についての深夜勉強会を起点とする料理人チーム(2021年9月には京都チームも発足)。NGOや研究者、サステナブルシーフードを専門とするコンサルティングファーム、政府機関などから学びを得ながら、持続可能な海を目指した自治体・企業との協働プロジェクトやフードイベントなど様々な活動を行っている
─“もったいない(MOTTAINAI)”の精神といいますか、今ほどSDGsやフードロスが叫ばれるよりもずっと前から、積極的にそういった取り組みをされていたのですね。
森枝:そうですね、やっと時代が追いついた……と言ったら怒られそうですが(笑)。僕たちにとって食材を無駄にしないのは、ごく当たり前のことなんですよ。当時はそれを声を大にして言うと「いや、最高の料理には最高の食材が必要でしょ?」といった意見もありましたが、最近はパタッと無くなりましたね。僕らの「普通」がみんなのメインストリームになったことは、素直に嬉しいです。

国内外のシェフを巻き込む、オープンマインドな空気
─これまでのイートクリエイターの活動で、もっとも印象に残っていることは何ですか?
森枝:アリの卵を使った昆虫食とか、未利用魚のブラックバスを使った料理なんかもつくってきましたけど、やっぱり「おいしい!」って言ってもらえたときですかね。自分たちの活動をわかってくれる人がいるんだ、意味があるんだ、ということが実感できる瞬間でもある。
最近では陶芸家さんの器でコース料理を提供したこともありますし、薪火のレストラン「Maruta」はガスや電気へのアンチテーゼというか、もっと原始的な体験を味わってほしかったんでしょうね。その時々で課題を見つけて、「だったらこういうものが面白いんじゃない?」って提案することが何より好きなんだと思います。

─森枝さんが常にオープンマインドだからこそ、周囲には素敵な人々が集まるんでしょうね。
森枝:僕はオーストラリアで修行した期間も長いので、海外で「良いなあ」と思ったことはどんどん取り入れていくタイプではありますね。ただそれって逆も然りで、今は日本の発酵食品が世界中のシェフから注目を集めていますし、魚の処理技術だってそうです。
コロナ禍も少し落ち着いてきましたので、そんな海外のシェフたちと、日本国内のシェフをつないであげたり、生産者を紹介したり……といったことも今後はやっていければなと。
また、ここ数年はタイのガストロノミー(文化と料理の関係を考察すること)のシーンがすごく盛り上がっていますので、現地のシェフが来日した際にキッチンに立ってもらったり、一緒にメニューを開発するということもできたら面白いですよね。
代官山から新たな「食」の循環が生まれる
─現在の渋谷は100年に1度と呼ばれる大規模再開発の真っ只中ですが、代官山にはどんな印象をお持ちですか。
森枝:とにかくワンちゃんが多い(笑)。それはさておき、コロナ禍前は「代官山・蔦屋書店」が深夜まで営業していましたし、近隣でオールナイトイベントもやっていたので「夜遊び」のイメージが強かったんですが、なんというか成熟した街になりましたよね。それこそ、昔は渋谷でバリバリ遊んでたであろう人たちも健康志向になっていますし。
あとはオーガニックな食材を扱うお店が増えて、「バーミキュラ」の旗艦店がオープンしたことも象徴するように、食文化に興味を持ってくれる人たちの母数はすごく増えている。そういう人たちと、NSKのシェフたちがセッションできるような場所になるといいなって思います。

─そういう意味でも、フォレストゲートは代官山のランドマーク的存在として愛されそうです。
森枝:そうですね、人々の行動変容を促してくれることを期待しています。代官山駅と八幡通りをつなぐ通路は開放感がありますから、実際に人の流れは変わってきましたよね。「研究所」の窓越しにエプロン姿で作業していると、通りがかった外国人にしょっちゅう写真を撮られます(笑)。
将来的にはNSKでもイベントや商品をどんどん企画していくつもりですし、そこから自然に「食」の循環が生まれると思うし、思いがけない化学反応だって起きるかもしれない。それに、せっかく代官山に拠点を持ったわけですから、東急沿線の街で育った食材を地産地消で使うのもいいですよね。
─2月22日には、「Social Kitchen TORANOMON」のディレクターパティシエでもあった江藤英樹さんのスイーツブランド「PAYSAGE(ペイサージュ)」の旗艦店もオープンしました。

森枝:彼にとっては2021年の立ち上げ以来、初のフラッグシップショップですね。これまでは全国各地の催事に出店させていただいて、すごくファンの多いブランドでしたから、本人も気合充分です。フォレストゲート代官山の1Fがブティックとサロン・ド・テ、2Fのシェフズテーブル(4月オープン)はライブキッチンになりますので、特別感のあるスイーツ体験を楽しめると思いますよ。
─最後に、NSKの今後の展望を教えていただけますか?
森枝:現時点では、Shibuya Sakura Stage(渋谷サクラステージ)にオープンする起業支援施設「manoma」の準備に追われている感じですね。その飲食機能の柱となるのが、オールデイダイニング「STEREO」になります。38階の眺望と、美味しい料理や音楽を楽しめる空間なのはもちろんのこと、変化し続ける渋谷を象徴する新しいランドマークになれたらと思っています。NSKでは、一緒に盛り上げていけるシェフやスタッフをいつでも募集しているので、ご興味のある方はよろしくお願いします!
