街全体がステージ。広域渋谷圏がダンスの舞台になる「CAN WE!!」の10日間
2026年初春。渋谷サクラステージが位置する桜丘エリアは、その名の通り桜が咲き誇り、新年度の訪れを予感させる柔らかな空気に包まれていました。この街に住まう人も、新しくこの場所を訪れる人も、多様な人々が自然に混ざり合う、渋谷らしい豊かな賑わいの時間が流れています。
渋谷駅前共栄会が長年築き上げ、2025年からは東急不動産も運営に加わった「しぶやさくらまつり」は、今も昔も変わらない渋谷の春の風物詩です。

そんな2026年3月の渋谷に、新たな風が吹き抜けました。それが、広域渋谷圏に国内外からトップダンサーが集結した、渋谷最大級のダンスプロジェクト「CAN WE!!」です。「Dance is not a trend. It's culture.」という力強いメッセージを掲げたこの試みは、広域渋谷圏のさまざまな拠点を活用し、街の表情を鮮やかに塗り替えました。

3月20日、代々木公園 BE STAGEで開催されたのは、ダンスを入り口にカルチャーと人がつながるオープンフェス「ANYBODY」。街とシームレスにつながるアーバンスポーツパークやステージを活用し、経験やジャンルの垣根を超えたダンスバトルが繰り広げられました。
国内外のゲストを招聘した実践型ダンスキャンプ「THE CASTING CALL」や、ショーケースからコラボカフェまで展開された「LOV3RZ SPRING FES」も続けて開催。10日間にわたる多様なプログラムを締めくくったのが、3月29日に渋谷サクラステージ「BLOOM GATE」で行われた「NiD FES 2026」です。


K-POPやJ-POPを軸に、ストリートからサブカルチャーまで、現代のダンスシーンを凝縮した「NiD FES 2026」。参加型企画やワークショップ、ライブパフォーマンスなど、観客もプレイヤーも一体となって楽しめるコンテンツに溢れていました。ステージでは、第一線で活躍する振付師たちがダンスの今と未来を語るトークショーも行われ、文化としてのダンスを深く掘り下げる貴重な機会となりました。
会場にはプロを志す若者たちはもちろん、足を止める買い物客や、音楽に誘われて踊り出す子どもたちの姿も。都市ならではの日常的な動線の中に、世界トップレベルのパフォーマンスがごく自然に溶け込むその光景は、渋谷という街、そしてダンスカルチャーが持つ可能性を象徴しているようでした。
総合プロデューサー・UNOが語る渋谷の魅力
「CAN WE!!」の総合プロデューサーを務めたのは、世界的に活躍するダンサー・UNOさん。有名アーティストのライブでの振付や演出を手がけるほか、ディレクターとして多彩なプロジェクトを牽引しています。日本とアメリカ・ポートランドの2拠点で活動する彼女と、イベントをともに盛り上げたダンサー・Sota KawashimaさんとKANATAさんの3人に、今回のイベントと街の魅力について聞きました。

─「CAN WE!!」ではさまざまなイベントが開催されました。どのような手応えを感じていますか?
UNO:代々木公園 BE STAGEでは、ストリートシーンの第一線で活動するメンバーを中心に、ダブルダッチのパフォーマンスなど多様な個性が一か所に凝縮されていました。
一方で、ここサクラステージでの「NiD FES」はまた異なるカラーになりましたね。私自身も同業者ですが、普段はなかなか交わることがない豪華なキャストが揃い、一人のファンのような気持ちで、キラキラした目で見つめてしまいました(笑)。
普段SNSでしか交流できない世代のみんなと、フィジカルに出会えたのも刺激的でしたね!渋谷のど真ん中で踊る機会は滅多にないですし、音楽に合わせてテンションが上がる子どもたちを見て、この場所にこんな使い方があったんだという発見もありました。観光客の方も多く足を止めてくれましたし、世代の広がりも感じられました。

─皆さんにとって、渋谷はどういう場所でしょうか?
Sota Kawashima:僕にとって「ダンスといえば渋谷」というイメージは昔から変わりません。ただ、現在はイベントでライブハウスを使うことが多いのですが、本来はダンスを見るための専用施設ではないんですよね。
渋谷が「ダンスの街」としてのイメージを根付かせるためにも、もっと日常的に踊れる場所を増やしていきたい。ダンスのための常設ステージが欲しいですし、いつか自分たちでも作りたい。ぜひ、皆さんの力も貸してください(笑)。
UNO:確かに!ライブハウスだと、ステージの高さがあるから踊りが見えにくいこともあるよね。ダンサーはジレンマを抱えながら渋谷をウロウロしているので、そういう場所があったら嬉しいです。

KANATA:私は人生初のイベントMCを、楽しみながら経験できました!トークショーでしゃべったり、みんなのダンスを間近で体感したりして、すごく幸福感の高い時間でしたね。この場所での催しは前から見ていたので、今回「ダンス」というテーマで参加できたのは本当に嬉しかったです。ダンスについてのトークイベントはまだ多くないので、新しい切り口になったと思います。
UNO:ダンサー同士がしゃべるイベントって少ないんです。特にK-POPとJ-POP。隣り合わせのカルチャーなのに、実はこれまではイベントも別々で、並べて語られることが少なくて。そこを一気に楽しめるコンテンツになったので、私自身も勉強するような気持ちで見ることができました。

─渋谷という街と、ダンスのカルチャーが共鳴していくように感じられました。
UNO:世界を見渡しても、渋谷ほどダンスのシーンやコミュニティが密に集まっている場所は珍しいんです。ダンサー同士が壁を作るのではなく、隣が少し見える「ふすま」一枚くらいの距離感でつながっていて、こうしたイベントで自然に集まれる。これは渋谷の大きな持ち味だと思います。私自身のダンススタイルも、この街の「みんなと踊る」という空気感に大きな影響を受けています。
たとえば「盆踊り」も、時代によって形や音楽を変えながら、人々が集まって踊るという本質は変わりませんよね。何世紀もかけて受け継がれてきた精神が、2026年の渋谷にもつながっている。それを絶やさないようにしたいですし、今回のイベントがその一角を担う機会になっていれば、本当に嬉しいです。
音楽の街・桜丘から生まれた「余白」と、新たな公共性
「NiD FES 2026」は「しぶやさくらまつり」の一部として実施されました。歴史ある祭りと新しいカルチャーがミックスした、今の渋谷を象徴するようなイベントについて、「しぶやさくらまつり実行委員会」を担う渋谷駅前共栄会より、佐藤勝副会長に話を聞きました。

─渋谷サクラステージが開業後、2回目となる「しぶやさくらまつり」です。今年はどのような広がりを感じましたか?
佐藤:「しぶやさくらまつり」としては34回目になりますが、今まではどちらかというと桜丘の「地域」に根ざしたイベントでした。それがサクラステージというフィールドを得て、東急不動産さんやGMOさんといった企業との連携が生まれ、近隣の大学生たちとも一緒に動けるようになって。特に、日本経済大学はインドネシア・東ジャワ州ジェンベル市のファッションカーニバル「Jember Fashion Carnaval」を誘致して、パレードも開催してくれました。今までの町内会レベルのお祭りとは、規模感がまったく変わってきているなと感じます。
渋谷区や観光協会さんからの応援はもちろん、渋谷警察署の方からも「すごくいいお祭りになっている」という声をいただきますね。今回は、JRの駅長さんも開会式に参加してくださって。日本の桜は世界的にも人気があるので、渋谷駅のすぐそばにこれだけ素敵なお花見スポットがあるんだということを、もっとインバウンドの方にも発信していければと。
─阿波おどりのような伝統的な祭りと、今回の「CAN WE!!」のようなダンス・カルチャーが同じ空間に共存しているのも印象的でした。
佐藤:昨年の夏には渋谷区婦人団体連絡協議会さんに「BON-ODORI(盆踊り)」を踊ってもらいましたし、道玄坂では毎年「渋谷・鹿児島おはら祭」を開催しているので、伝統的な文化がしっかり根付いていることも渋谷の強みです。スクランブル交差点周辺はものすごい人出で賑やかですが、こちらのサクラステージではゆっくりと、広くスペースを使える。お年寄りから孫まで3世代が安心して楽しめる、「余白」を活かした空間になっているんです。
─この場所ならではの「余白のある空間」を、今後どのように育てていきたいですか?
佐藤:渋谷はとにかく人も刺激も多くて、コーヒー代を払わないと座ることすらままならない状況です。Z世代の学生に聞くと、スクランブル交差点周辺は騒がしすぎて、地方から来た学生が引いて帰ってしまうこともあるとか。サクラステージはそういった方たちが「チルできるスポット」として注目されつつあります。東急不動産さんとも、もう少し座れるスペースを増やせないかと話し合っているところです。

─先ほど佐藤さんのお孫さんも「にぎわいSTAGE」で歌っていたそうですが、オーケストラからロック、J-POP、ヒップホップ、アイドル⋯⋯と、あらゆるジャンルが入り乱れる多様性も渋谷の魅力ですよね。
佐藤:桜丘広場では、青山学院大学や東京大学の学生たちがアコースティックギターでカヴァー曲を弾き語りしたり、若い世代が自発的にこの街で音楽を奏でるようになってきました。僕は「渋谷のラジオ」のプロデューサーも兼任しているんですが、そこで「渋谷音楽愛好会」というコーナーを立ち上げて青学の学生さんに運営を任せたら、イベントのポスターやInstagram用の告知動画なんかも全部つくってくれて。もうほっといても広がっている感じで頼もしいですよ(笑)。
─桜丘は楽器屋も多く、「音楽の街」として多数のアーティストから愛されてきました。今後の展望を聞かせていただけますか?
佐藤:桜丘はかつて、路上ライブの聖地でした。また、現在「Yamaha Sound Crossing Shibuya」がある場所には、もともと「渋谷エピキュラス(後のエレクトーンシティ渋谷)」というヤマハの伝説的なスタジオがあって、中島みゆきさんや長渕剛さんが初めてレコーディングをした場所でもあります。今は路上ライブがなかなかできない時代ですが、サクラステージや桜丘広場のような場所が、次世代のアーティストが羽ばたくための「舞台」になっていけたら嬉しいですね。
祭りのように、盛り上がりの続く渋谷の日常へ
「CAN WE!!」が示したのは、ダンスがもはや一部の愛好家だけのものではなく、都市の風景の一部であり、人々をつなぐ共通言語であるということでした。最先端のカルチャーと、変わらないストリートの魂が、「ふすま」のように軽やかに境界を越えていく。そんな渋谷らしいスタイルは、これからも進化し続けていくはずです。




