「広域渋谷圏」のために構築された生成AI
「Shibuya AI concierge」が画期的なのは、自然言語処理モデル「GPT」をベースに「広域渋谷圏」に特化した生成AI(地域特化型生成AI)基盤を構築したことである。そこにソフトバンクが得意とするデータ連携基盤(都市OS)を組み合わせることで、広域渋谷圏から収集したイベント情報や店舗情報、リアルタイムで収集した気象情報などの多様な情報を集約。1日300万人、年間12億人もの人々が訪れる渋谷において来街者の行動変容を促し、街の回遊性を高めることが目的だ。

大型サイネージを駆使した、直感的なインターフェイスもわかりやすい。英語・日本語・韓国語・中国語と多言語に対応しており、個性豊かな6名のアバターは地元民のように親しみやすく、ガイドブックにも載っていない穴場スポットを教えてくれたりもする。今回は「shibuya-san」のみの実証実験ではあったが、将来的には設置場所の拡充や内容のアップデート、アプリ化、あるいはニッチな観光案内にも期待が持てる。鼎談を経て確信したが、今後AIと街の関わりはさらにディープに、さらに面白いことになるだろう。
AIの技術で、もっと楽しくスマートな行動変容を
─まずは、「Shibuya AI concierge」立ち上げの経緯を聞かせてください。
五十幡隆亮(以下、五十幡):構想として上がったのは、ソフトバンクさんが「東京ポートシティ竹芝」に本社を移転した2020年ごろですね。我々は竹芝地区で「Smart City Takeshiba」というプロジェクトを共同で進めておりまして、人流情報や道路状況などのリアルタイムデータを活用した都市課題解決に取り組んでいます。その課題のひとつが、街の集客や回遊性向上でした。「AIの技術を使えば、もっと楽しくスマートに来街者の行動変容を促すことができるのではないか?」と考え、観光案内を軸にした最初の実証実験に至ったのが今回の「Shibuya AI concierge」 です。

田口翔太(以下、田口):竹芝地区では、オフィスやホテル、劇場、商業施設などの集客施設が点在する一方で、エリア全体の集客や回遊性向上が難しかったんです。そこで、まちづくりの中核を担う「一般社団法人竹芝エリアマネジメント」と連携し、9箇所の施設に合計20台の可動式サイネージを設置しました。このサイネージには、来街者の人流データや属性データを取得するカメラが搭載されていて、各施設の情報を相互に発信することで送客を促し、街の回遊性を高めることに成功しています。今回の「Shibuya AI concierge」はその第2弾という位置づけで、東急不動産さんの本拠地でもある渋谷が選ばれました。

─6名の個性豊かなアバターが、それぞれの語り口で街案内をしてくれるコンセンプトが面白いですね。
田口:そうですね、竹芝でもアバターは前例がなかったです。今では生成AIが一般の方たちにも馴染みやすくなりましたが、開発当時はAIといえばチャットボットなどが主流でした。何か話しかけたことに対して回答してくれる…という技術は既にありましたが、アバターを通して観光案内するというのは我々にとっても初めての試みです。
荒井亮(以下、荒井):いわゆるデジタルコンシェルジュって、いろんなパターンがあると思うんですよね。そこに生成AIが入ってくることによって、「柔軟性」が加わるのが魅力的だなと感じました。あとは定型文じゃなくて、本当にリアルタイムの情報を教えてくれること。「雨が降っているからこのお店はやめておこう」とか、「この電車が止まっているから別のルートで行こう」とか、AIがそのとき最適なルートを導き出すので、時間の限られた訪日客にとっても使うメリットがあると思います。

「人の体温」が乗った情報にこそ、本当の価値がある
─実際に「Shibuya AI concierge」を試した観光客の反応はいかがでしたか?
田口:アンケートによると、AIとのコミュニケーションといいますか、「実際に対話しているみたいで面白かった」と評価いただいていますね。そこは我々も期待していた通りで、まるで地元の方々と話すような体験を提供できたんじゃないかと。6名のアバターに関しては、特定の人物に寄り過ぎた印象にならないよう気をつけました。一番人気だったのは72歳の日本食の食通・SHIGERUさんです。
五十幡:質感にもこだわりましたね。生成AIにはまだまだ日本人のデータが少ないこともあり、たとえばSHIGERUさんの場合、開発初期は着物を着た厳格なおじいさんが生成されちゃったりして……「これは絶対話しかけたくない!」って(笑)。モデルは特にいないのですが、渋谷のオフィスで働くSAKURAさんやAKIRAさんは、自分たちの社内の人たちもイメージしながら微調整を繰り返し、リアリティを高めていきました。

荒井:開発にあたって特にこだわった部分や、苦労されたのはどのあたりですか?
五十幡:東急不動産では、渋谷ワーカーのためのコミュニティアプリ「SHIBUYA MABLs(シブヤ マブルス)」を展開しているのですが、そこにストックされていくお店の口コミは非常に信憑性が高いのでAIにも情報を取得してもらいました。また、青山学院大学の学生さんたちが手書きでくれた情報もデータとして入力するなど、すごく地道な作業も多かったです(笑)。
それと、ここのスタッフが足で稼いだリアルな情報もインプットしています。実はshibuya-sanって、自ら観光案内を楽しんでいる人たちが観光案内所をやる――というコンセンプトなので、彼らが普段ランチを食べに行っているお店の情報も、「Shibuya AI concierge」にとっては貴重な情報源なんです。そういった東急不動産が得意とする生の声や、独自のデータはかなり時間をかけた部分ですし、ユーザーからも評価いただいた点かもしれません。

荒井:たしかにそうですね。やっぱり情報って、定型化されたお店の営業時間・場所とか、どんな食べ物が出るとかだけじゃなくて、そこに「人の体温」が乗ると印象に残りますよね。「ゆっくりと食事が楽しめて穴場だった」とか、「ガヤガヤした立ち飲み屋だけど人情に溢れていて楽しかった」とか、感情的な部分……まだデータ化/クラウド化されていない情報にこそ、本当の価値があるんだと思います。
五十幡:渋谷はとにかくお店の数が膨大ですから、スマホでは確実性が高い情報が見つけにくいですよね。結局PRが強いお店やサイトばかりが優先的に表示されてしまいますし…。いつも長蛇の列のラーメンチェーンがありますけど、せっかくだから地元のラーメン屋さんにも立ち寄ってほしいなと歯がゆくなります。
荒井:コーヒー屋さんもチェーン店だけじゃなくて、渋谷百軒店の「名曲喫茶ライオン」とか。まさに「渋谷ならここ行っといたほうがいいよね」っていうところがレコメンドされたり、知る人ぞ知るお店を教えてもらえたりしたほうが観光客にとっても嬉しいですよね。
田口:外国人の方からのアンケートでも、そういった質問が何件もありました。Googleや食べログなどの口コミを参照させることも考えたんですが、それはそれで偏りやハレーションが起きやすいじゃないですか? このあたりは今後の課題として、渋谷を知り尽くした東急不動産さんと共にブラッシュアップしていきたいです。
街の回遊性を高めるヒントは、AIの長期記憶にあり?
─いわゆるキャラデザインといいますか、アバターの口調や仕草にもこだわりを感じます。
田口:そうですね、口調とか性格にも生成AIが駆使されています。先ほど荒井さんがおっしゃったように定型文の回答だけだと、RPGの村人みたいで味気ないですから(笑)。ゆくゆくは、ユーザーの属性に合わせてアバターの口調なども柔軟に変わっていったらいいなと思っています。

荒井:それこそ子どもが体験したときに、アバターの目線が下がって柔らかい口調になったりしたら素敵ですよね。最近は「マルチモーダルAI」※が進んでいて、ちゃんと相手の目を見て対話できるようになっている。本当に人間と話しているような違和感の無さ。そんな未来も垣間見えて、すごくワクワクしました。
※マルチモーダルAI
異なる種類の情報をまとめて扱うAI。カメラで撮影した映像とマイクで録音した音という異なる種類の情報から1つのAIを学習させることで、映像の中に写っている人が何を話しているのかをより正確に推定できる。
─東急不動産さんにとっては、インバウンドの観光客の多くがスクランブル交差点を見て、ハチ公で写真を撮ったあと他の観光地に行ってしまうため、渋谷での消費に繋がっていない――という課題があったとか?
五十幡:はい、そこはアンケートでも如実に現れているんですけど、訪日外国人による渋谷の滞在時間って数時間から半日が大半なんです。まさにこのshibuya-sanでスーツケースを預けて、その日のうちにスクランブル交差点で写真を撮って、お寿司が食べたいとなったら銀座に移動してしまって、夜まで渋谷に残ってくれない…。これって弊社はもちろん広域渋谷圏が抱える課題でもありますから、今後は渋谷の街そのものの回遊性を高めていくのが目標です。
荒井:東急不動産さんは誰よりも長く渋谷の変遷を見続けていますからね。そういう意味でも、AIコンシェルジュからのおすすめは効果的だと思います。施設やイベントだけじゃなく、「実はあのアニメの聖地が渋谷にあるんだよ」って教えてくれたりするといいですよね。しかも、「今日の天気はアニメのシーンとまったく一緒だから、絶対ここで撮影したほうがいいよ!」みたいに、細かいところまで気を配ってくれるとファンも楽しいはずです。
─『呪術廻戦』の舞台にもなりましたし、渋谷と聖地巡礼は相性が良さそうですね。
荒井:ええ。それと、個人的にはAIの「長期記憶」にも期待が膨らみます。アバターが自分のことを憶えていて、「ひさしぶりだね!」って話しかけてくれたら嬉しいじゃないですか。「3年前は建設中だったこの施設がオープンしたから行ってみたら?」と促されたら、それが渋谷の滞在時間や回遊性の向上にも繋がるわけで。または、「前回行ったあのお店の名前なんだっけ?」というときに、何年も前の観光ルートを再び提示してくれたり…これって旅行者に限らず、日本人でもよくあるシチュエーションですもんね。……妄想が飛躍してしまってすみません(笑)。

田口:でも、一流のホテルだとドアマンがお客様の名前や顔、車種まで記憶しているって言いますもんね。
五十幡:今のお話すごくいいなあと僕も思っていて、渋谷の街で思い出ができると、それ自体が次回の旅の目的にもなりますよね。あるいは、ユーザーの属性に合わせて「あなたと同世代のアメリカ人は、みんなこの場所に行ってるみたいだよ!」ってレコメンドしてくれたり。「Shibuya AI concierge」がもたらす体験には、たくさんの可能性があるなと感じています。
荒井:「場所」って角度によってはすごく魅力的に映ると思うんです。さっきの「名曲喫茶ライオン」も、自分の好きな小説家がいつも決まってこの席で執筆していた…とか、ちょっとした豆知識を知っていたらやっぱりマネしてみたくなりますよね。単純にお店の紹介をするだけじゃなくって、その場所にある体験とか記憶を積み重ねた「ストーリー」を感じられると、人って愛着が湧くと思うんです。そういったタグ付けというか、情報のアーカイブを東急不動産さんが汗をかきながら蓄積してくれていることもまた歴史ですし、とても意義深いですよね。
五十幡:ありがとうございます(笑)。まさにそこが「共創」の部分だなと思っていて、ソフトバンクさんとご一緒している理由ですね。今後は「Shibuya AI concierge」が渋谷を飛び出して、他県のホテルのテレビに実装される日が来るかもしれませんし、それって地方創生の観点からもメリットがあるなと。もうハードだけやっていればいい時代でもないので、建物を建てて終わりじゃなくって、ソフトの部分での付加価値をつけて街の魅力を高めていきたいです。
AIが呼び起こす、渋谷のハッピーな記憶
─最後に、みなさんが期待するAIと街の関係性について聞かせてください。
荒井:孫正義さんが「SoftBank World 2024」の講演でおっしゃっていたことの受け売りですけど、現在のAIって究極のところ、「聞いたら返してくれる」というのが大半ですよね。それをだんだんAIが先回りして、「なんか体調悪そうだけど大丈夫?」とか、「病院に電話する?」とかのアクションを起こせるようになっていく。その行動の原点に何があるかというと、相手の幸せだとか、家族だとか、コミュニティを思う気持ちに帰結すると思うんです。大きく言ってしまえば、人類の幸せですよね。そういうマインドがいろんな街に息づいていると、オーバーツーリズムで課題となっている住民と観光客の摩擦も減らせるんじゃないかって。AIがさりげなく人と人の緩衝材になってくれて、気づいたらトラブルが無くなってました! というのが理想ですよね。

田口:たしかに、お互いをよく知らないからこそ「なんか嫌だ」という拒否感が生まれるんでしょうね。僕自身もAIと対話することでいろんな発見や勉強ができましたし、お互いを知るためのきっかけとしてAIエージェントが人と人の間にいてくれるのは心強いです。
荒井:これも妄想でしかないですけど、「昔はハチ公こんな感じだったんだ」とか、「クリスマスはこんな姿になるよ」とか、時間軸の情報も見られるようになると面白いですね。VRとかARの技術を併用してみたり。
五十幡:ハチ公広場には「SHIBU HACHI BOX」っていう観光案内所があるんですけど、そこのスタッフから聞くと欧米からの旅行者は渋谷の歴史に関心のある方が多いみたいです。街の歴史って知れば知るほど思い出に繋がりますし、渋谷の魅力向上にも繋がっていきますので、人とAIそれぞれの視点から伝えていきたいですね。

荒井:渋谷の記憶といえば、2002年のFIFAワールドカップで日本代表が決勝進出を決めた日のことは忘れられないですね。僕もちょうど渋谷で試合を見ていたんですけど、信号が青になった瞬間、スクランブル交差点にぶわーっと人が流れてきてハイタッチの嵐(笑)。あの日の映像を再現して、自分がまたその世界線にいることができたらすごくエモいなあって。やっぱり街には出会いとかドラマがあって、悪いことばかりじゃない。レコードを遡るように、何年・何月・何日の渋谷とか、そこで交わされた会話や音楽が辿れるようになったら最高です!
田口:そういうハッピーな記憶を、AIが呼び起こしてくれたら素敵ですよね。頑張ります!
